大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2362号 判決

控訴人

株式会社佐伯商店

右代表者

佐伯誠六

右訴訟代理人

竹内三郎

被控訴人

松島隆

右訴訟代理人

角田義一

山田謙治

主文

原判決を取り消す。

訴外松島三四四より被控訴人に対する原判決末尾添附物件目録記載の土地についての昭和五〇年三月一八日付贈与契約を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し前項掲記の土地につき前橋地方法務局太田支局昭和五〇年四月三日受付第七、八三五号をもつてなされた同年三月一八日付贈与を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、左記のとおり附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の陳述)

(一)  被控訴人は、その父三四四と同居していて、控訴人から三四四宛に土地問題についての責任を追求する旨の内容証明郵便が送られてきたのを知つていたのであるから、本件土地の贈与を受けることにより、三四四の債権者が害されることを認識していたものというべきである。

(二)  被控訴人は、いわゆる農業後継者移譲としての農地の贈与をするについては、後継者たるべき者に年令の制限があるというが、法制上、かかる制限はなく、また、農業後継者となるためには、必らずしも、農地等の一括贈与を受けた者であることは必要でない。

(被控訴人の陳述)

控訴人の右主張事実は否認する。

三四四が昭和五〇年二月五日二筆の畑につき訴外松島利一に対して所有権移転登記手続をしたのは、さきに同人に売却した土地が昭和三九年七月二五日土地改良法による換地処分を受けて所有権移転登記手続が遅れていたのを実行したまでである。また、同年一月一四日他の二筆の畑につき新田町農業協同組合のために根抵当権を設定したのは、農業後継者となる被控訴人が農地購入資金を同農協から借り受ける必要があつたことによるものであつて、控訴人から債権者を害することを目的としたものではない。

(証拠関係) 〈省略〉

理由

〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、郡馬県山田郡大間々町大字長尾根字仲原一五一番地の二畑三、四三一平方メートルは、訴外須永由蔵の所有であつたが、訴外高島章は、被控訴人の父三四四らとともに、これを買い受けて他に転売せんと企図し、昭和四八年一一月一日、同訴外人名義で控訴人と、これを控訴人に代金一、二四五万六、〇〇〇円で売却する旨の契約を締結し、控訴人より内金七〇〇万円を受領し、翌年八月一日には三四四において訴外高島の控訴人に対する右債務を連帯保証する旨を約諾しながら、依然として該債務が履行されなかつたところから、昭和五一年四月一二日に至り、桐生簡易裁判所において前記売買契約を合意解除し、訴外高島と三四四が連帯して控訴人に対し七〇〇万円及びこれに対する年六分の割合いによる損害金を同年六月一五日限り支払う旨の調停が成立したことを認めることができ、原審及び当審における証人松島三四四の証言中右認定に反する部分は、前掲他の証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。被控訴人は、右連帯保証は錯誤によるものであつて無効である旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

ところで、三四四が昭和五〇年二月一四日(但し、登記簿上は同年三月一八日)原判決末尾添付物件目録記載の土地(以下本件土地という。)を被控訴人に贈与し、前橋地方法務局太田支局同年四月三日受付第七、八三五号をもつて所有権移転登記を経由したこと、また、三四四は、同年一月一四日その所有する二筆の畑につき新田町農業協同組合に対し極度額三〇〇万円の根抵当権を設定し、さらに同年二月五日自己名義の他の二筆の畑につき訴外松島利一のために昭和四九年一二月一三日付売買を原因とする所有権移転登記手続をしたことは、いずれも、当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、三四四は、本件土地を被控訴人に贈与したことによりほとんどすべての財産を手放したことになり、同人には被控訴人と共に営んでいる農業のほかさしたる収入源はないこと、なお、本件土地贈与当時、三四四は、未だ四六才で、一八歳の長女を含めて養育中の子供が三人いたことが認められ、この時期に二六歳にすぎない長男の被控訴人にぜひとも本件土地を贈与しなければならない特段の事情を認めるに足る証拠はない(もつとも、被控訴人は、農業後継者育成資金の融資を受けられるいわゆる農業後継者となるためには年令の制限があり、そのために急拠本件贈与をなすべき必要があつたように主張し、〈証拠〉中には右主張に添う部分((その年令制限は、二八才であるという。))もあるが、法制上、かかる制限はないばかりでなく、被控訴人へ農業後継者移譲をするということが、前記債務弁済の問題が生ずる以前から既定方針になつていたことを認めるに足る的確な証拠もない。)こと等を勘案すれば、本件土地贈与は、仮りに被控訴人主張のごとく農業後継者移譲手続の一環として行なわれたものであつたとしても、従つてまた、三四四において、債権者を害することを意図し若しくはそのことを欲して行なわれたものではないとしても、少なくともその結果として、自己の一般財産が減少し、控訴人等債権者が満足を得られなくなることを十分認識していたものといわざるを得ない。

次に、被控訴人は、受益者として控訴人を害する意思はなかつたと主張するが、〈証拠〉によれば、被控訴人は、三四四と同居して共に農業に従事していたが、前記債務履行の問題をめぐり、控訴人からその責任を追及する旨の三四四宛の内容証明郵便が、また、桐生簡易裁判所から調停関係の書類があいついで三四四宛に郵送されてきたことや三四四が調停に数回出頭したことをすべて知つていたことが認められ、かかる事情の下においては、右の文書や調停の内容をも被控訴人において了知していたものと推認するのが相当であり、また、前叙のごとく本件土地の贈与をこの時期にぜひともしなければならない特段の事情が認められないこと等を勘案すれば、たとえ、被控訴人において、本件土地の贈与を農業後継者移譲手続の一環として受けたとしても、これにより三四四の債権者を害すべき事実を知つていたものというべく、かかる事実を知らなかつた旨の原審及び当審における被控訴本人の供述は、にわかに措信し難く、他に前記被控訴人の主張事実を認めるに足る証拠はない。

されば、三四四の被控訴人に対する本件土地の贈与は、詐害行為であつて、その取消し並びに所有権移転登記の抹消登記手続を求める控訴人の本訴請求は、理由があるので、これを認容すべきである。

よつて、これと結論を異にする原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して、被控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(渡部吉隆 浅香恒久 中田昭孝)

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